推理小説らしい推理小説……やっぱりミステリーが好き!
「推理小説らしい推理小説」という言い方はおかしいかもしれない。
そもそも「推理小説」という言葉にしても、かっちりとした定義はあっても、それに加わる読者の「好み」によって、感じ方は大きく変わってもくる。
そういう意味からすると、今回で会った小説は、かつてよく推理小説だとかサスペンスドラマだとかを見ていた頃の懐かしい思い出をくすぐってくる、言ってみれば私好みの「推理小説」であった。
久しぶりに近所の書店に行ったのだけれど、とにかく時間がなかったので、何か目当てがあるわけでもなく平積みされている文庫本たちに急いで目を走らせているときに見つけた。
他の文庫本は何冊も重なっていたけれど、たまたまたなのかこの本は在庫が少なくなっていてあと一冊しか残っていなかった。回りの本の山の中にぽっかりとくぼみができていて、目立っていた。
恩田 陸
『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞と第2回本屋大賞を受賞。
他にもいくつもの文学賞を受賞している実力派作家である。
2004年あたりで『夜のピクニック』が話題になったころに、私も恩田陸の名前を知った。以来、気になる作家の1人であったり、読んでみたいと何度も思った記憶があるけれど、手に取るタイミングがなかなか訪れなかった。
そういう経緯がある中で、今回書店で見つけたこの一冊は、なんだか暗示的であって、買ってみようという気になったのである。
というか、本当に時間がなかったので、この本を見つけてレジに向かうまではほんの2、3分ほどのことで、まさにインスピレーションが沸いての購入であった。
夜になり、さあ読みだしたのだが、これがなかなか面白い!
というか、短編集を買ったということさえも知らず、開いてみると短編集で少し驚いたのだけれど、この『象と耳鳴り』という奇妙なタイトルは買う前から頭の隅で気になっていたからワクワク感はあった。
退職した判事の主人公がかかわる様々な事件が短編になっている。
話によっては、明確なラストがあるわけではなく、そうであろう、という方向性は示されているものの、はっきりとは書かれていない。それがまたいい!
読者の想像力を掻き立てるし、何より、どの作品にも漂う「雰囲気」(少しレトロで、どことなく品があって、ミステリーとしてもけっこう本格的なテイストがある)がとても好みである。
収録作品の中に『新・D坂の殺人事件』があるのだけれど、『D坂の殺人事件』というと、あの江戸川乱歩が初めて明智小五郎をこの世に送り出した記念すべき作品であり、かつて乱歩にはまっていた私には、とても嬉しい限りであった。
そう。
この短編集には、乱歩作品にあるようなあの独特の世界観にどこか似た、といって全くの別物なのだけれど、でも何とはなしに漂っているあの「空気感」が感じられるのである。だからこそ、私は好きなのかもしれない。
この『象と耳鳴り』は、ミステリーらしい短編ミステリーが読みたいのなら、一度は手に取って損はない作品である。
ちなみに、今日これを書くにあたり、恩田陸の名前を調べていると、ペンネームの「恩田」は、『やっぱり猫が好き』のヒロイン、恩田三姉妹からとったらしいことが判明。
この作品が好きな私としては、なんとなく、恩田陸という作家と好みが似通った部分があるのかも……なんて嬉しく思ったりしたのであった。