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春にして君を離れ

最近、眠りにつく前にベッドに入って読書をする短い時間が、ささやかながら癒しの時間になっている。

 

先日、十数年ぶりにアガサ・クリスティを読了した。

そして、すごくすごく驚いた。ゾクゾクした。嬉しくなった。

 

タイトルは『春にして君を離れ

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デビット・スーシェ主演のドラマ『名探偵ポアロ』が大好きで、原作に最も近いといわれているあのドラマの世界観が好きで、もちろん、主演のデビット・スーシェ自身もポアロのイメージにぴったりで、どれをとってもあのドラマは本気でおもしろくて、できればDVD全集を手に入れたい、と思うほどなのだけれど、今回の『春にして君を離れ』は、ポアロシリーズでもなければ、クリスティが作り上げた有名な探偵が登場する作品ではない。

けれども、すごいのである。

何がすごいって、人間心理を、よくぞあそこまで深く掘り下げて追及し描いていることである。人の何気ない感情は、ときとして狂気をはらみ、意図せず独りして恐怖をかりたてる。それを見事に書ききっている。

主人公はどちらかといえば上流階級に属する専業主婦である。

彼女は、自分が理想とする形で結婚し、子供を育て、夫婦関係をいとなんできた。しかしあるとき、そうした日常の真実は実は違うところにあったのではないかと疑問に思い始める。

簡単に言ってしまえば、自分自身を見つめなおし、向き合い、現実を受け止める、という主婦の姿が描かれているのだけれど、その描き方がやはりミステリーの女王クリスティならではで、とりたてて事件が、ましてや殺人事件がおきるわけではないのだけれど、とにかくスリルがあって恐怖がどこかしこに潜んでいるのである。

ああいう書き方ができるなんて、やはり天才なのだと思う。

特に最後の最後の、あと数ページで終わるというところで、それまで主人公目線だった物語が、夫の目線で数ページだけ描かれるところがある。

それがまた素晴らしい構成で、あの数ページがあるからこそ、物語はいっそう立体的になって大きく膨らみ、活き活きとしてくる。

しかし、今回の作品は、主人公が中年の主婦であるところも、楽しめて読めた理由の1つであるかもしれない。

いろいろな部分で、感情移入して読んでしまうことが多かったのである。

同じ作品でも、年齢や立場が違って読むと、これほどまで心にしみただろうか、と首をかしげることが多いこのごろだが、小説の読み方も、以前の読み方とは大きく変わってきていると思う。

 

ところで、この作品、たまたま読んだ何冊かの雑誌に偶然にも同じような時期に取り上げられていて興味を覚えたのが読みだしたきっかけなのだけれど、この作品は、クリスティの名著のひとつだと強く思う。

 

これまでポアロ中心にクリスティ作品を読んでいたけれど、こうした名探偵がでないけれどおもしろい、という作品を探していく新たな楽しみができたことが少し嬉しかったりする。