本と本屋さん。『bookspooh』

心を癒してくれる読書と本屋さんが大好きです。町の本屋さんを応援しています!

学びの楽しみ

今日は朝から涼しくて、窓を開けているとひんやりした風が入り込んでくる。

昨日から、季節はぐっと秋に近づいた感じだ。

 

久しぶりの更新です。

 本の無料写真

 

この夏から、子供の塾の勉強が本格的になってきて、夏休みは想像以上に忙しかった。

うちはWEBでの学習という道を選んでいるのだけれど、それがなかなか大変なのである。そもそも、まだ小学生の子どもに、1時間もWEBで授業を見続けろ、ということ自体が無理があり、どうしても近くにいる必要がある。加えて多大なる課題のスケジュール管理等も、取捨選択をしつつ進めていくのが難しい。なんせ、何もかもが初めての経験なのでてんてこ舞いである。

あっという間に1日が過ぎ、1週間が過ぎ、気が付けば夏休みが終わった、という感じ。

加えて、ピアノのコンクールも同時にあったりで、何が何だかわからないまま終わった夏休み、というのが今年の感想である。

 

とはいえ、子供の勉強をみていると、子供だけにさせていてもなかなか先に進まず、また、何もしらないくせに大きなことは言えないので、こちらも勉強の内容そのものではないが、「学ぶ」ということについてそれなりに勉強したり考えたりしないといけない。ピアノにしても同様で、子供に練習しなさい、とだけ厳しく言っても、子供が素直についてくるわけではなく、こちらもピアノは弾けないけれども音楽や練習方法なんかについて、真剣に向き合っていかなければいけない。

そんなわけで、色んな本を読んだり、ネットを調べたり、(ピアノの場合)プロの演奏を聴いたり、と子どもが学校に行っている間にすることはけっこうあったりする。

そこでしわ寄せがくるのが我が家の場合は家事で、掃除もこの頃は丁寧さがすっかりなくなってしまった。食事も、夫の理解もありテイクアウトのものが食卓に並ぶことも少なくない。夫には感謝である。

 

こんな感じでここ数か月を過ごしているのだけれど、最近、心身共に疲れがたまっていることをよく感じるが、私が感じているのだから、夫も子供も同様だろう。

なんとかして、家族みんなが楽しく毎日を過ごせるようにはどうしたらいいか、なんてことをよく考えるが、毎度、なかなかいいアイデアは浮かんでこない。

 

それにしても、いくつになっても日々勉強だと、最近はよく思う。

勉強、というのは、なにも学校や塾で学ぶような学問的なことにとどまらず、習い事や日々の生活や生き方、などなど、自分のまわりにあるすべてのものを、よりよくしていこうと思うと、それなりに真剣に向き合って考えて取り組んでいかなければならず、それがすぐに芽は出なくても、そういう気持ちで向き合っているかどうか、ということが数か月先、1年先、10年先、と発芽の時期はわからないけれど、いつかは必ず芽が出てくる。

人間は、ついついすぐに結果を求めてしまって焦ってしまい、それがストレスになることも多々あるし、そもそも、長い目で物事をとらえること自体、大変難しい。物事によっては、〆切が決められていることも少なくないからだ。とはいえ、自分がどこを目指しているのか、「いまの」ではなく「将来的に」自分はどんな風に暮らしていたいのか、そんなことを考えて身の回りの物事に取り組むことがとても大切なことなのだと、このごろよく思う。

こんな風に、それまでは気づかなかった物事や考えに思い至った瞬間の満足感というか嬉しさというか、そういう気持ちの高揚を知ってしまったからこそ、学ぶ、そして、研探索する、ということをやめられないのかもしれない。

 

 

アナログ好きだと知っていたけれど…

 

ずっと欲しかったレコードプレイヤー。

友人宅で聞いた温かい音が忘れらなかった。

そして、とうとう、買っちゃった。

 

初のレコードプレイヤー選びに様子は、noteの記事にまとめてます。

note.com

(note、はじめました)

 

選び方は、ちょっと長くなると思ったのでnoteに書いたけど、聞き始めてからの感想はこちらに書きます。

 

購入してから、1カ月ほどが経つ。

聴いているのはジャズばかりだけど、いい感じ☆

なにが良いって、音がやわらかい。

とにかくやわらかい。

自然に音が伸びて、広がる感じがとにかく優しい。

CDや、インターネットラジオなどで聴く音は、このところ、しばらく聞いていると耳が疲れてくる気がする。

でも、レコードの音は、いまのところ疲れがこない。

もっとも、買って間もないこの時期だから「新鮮さ」ゆえにそう感じるのかもしれないけれど、スピーカーからときおり出てくるプツプツというレコード特有の音が心地いい。レコードが回っている様子をぼんやり眺めているのも、なんだかいい。

いまのところ、買って正解だと思えるところがまた嬉しい。

 

レトロな風合いが心地いのだろうか。

そもそも、レコードを聴きだして思ったことは、現代は何でもデジタルな世界なのに、自分はいまだにアナログ好きだということだ。

便利だし、必要だから、ネットはするしメールもする。

音楽も、手軽さと種類の多さが良くて、インターネットラジオをよく聞く。

でも、好きな分野に関しては、アナログ好きだと思う。

たとえば、このレコード。

そもそも、音楽が好きなのだけれど、子供がピアノを習うようになってから、いっそう「音」に対して気になるようになってきた。

ちなみに、我が家にはいま、ピアノが2台ある。

1つは電子ピアノ。もう一つはアップライトピアノ

電子ピアノも、きちんと足がついてペダルがついているタイプだから、アップライトよりコンパクトだとはいえ、それなりに場所をとる。

狭いマンションにピアノが2台もあると、いっそう狭く感じられる。でも、仕方がない。

本格的にピアノをするとは思わなかったから、最初は電子ピアノを買ったのだけれど、真剣にするようになってきて、電子ピアノでは限界が出てきた。

何より、「音」が違う。いま使っているアップライトピアノは、このアップライトにして良かったと本気で思うほど、音が気に入っている。

このピアノの「音」については、いつか書いてみたいと思っている。

 

さて、そんなわけで音が気になるようになってきて、今回のこのレコードはアナログだけれど、そのやわらかさと温かみが気に入っている。

 

アナログといえば、大好きな本だけれど、私はどうしても電子書籍が苦手である。

本、といえば、紙媒体のものがどうしても好きで、紙の風合いや文字の字体の雰囲気、行間が醸し出す独特の「間」。本屋さんに行って、たくさんの本に囲まれているときのあの心地よさ。これらは、残念ながらパソコンやタブレットなどでは全く感じられない。

 

趣味の分野でいくと、コーヒーも、我が家は豆から粉をひく。いまは電動を良く使うけれど、挽き始めた当初は手動ミルで、いまもときどき使う。少し面倒だけれど、回しているとき、挽く豆の振動が伝わってくるのが心地よく、またあの音が好き。少しずつただよってくるあの香りも好きだ。

 

世の中は本当に便利になった。

正直、この便利さになれてしまったから、子供の頃の昭和時代のやり方に戻りたいとは思えない。

でも、同時に、少し不便もあったけれど、もう少し気楽でおおらかだった時代はすばらしかいと思う。

 

この頃、ときどき思う。

便利って、何だろう。

心地よさって、何だろう。

ネットって、何だろう。

考え始めると、芋づる式に色々な考えが次から次へと浮かんできて、何を考え始めていたのか分からなくなる。

こういうのって、しんどいけれど、でもこれが生きているということなんだ、という気もする今日この頃です。

 

 

 

本とわたし。

コロナ禍になり外出することはめっきり減ったけれど、本屋さんだけは定期的に足を運んでいる。

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正直、いまの「おこもり生活」を始めてみて初めて、自分が思っている以上に本が好き、ということに気づいた。

しかもその本というのは、電子書籍ではなく、紙面になったものである。

先日、子供部屋に子供の本が増えすぎて、簡易的な棚を2つ増設した。狭い部屋がますます狭くなったけれど、一方で、本棚が増えるまではいたるところに積み上げられていた本がきちんとした住処を得たことで、すっきりした感じはする。

子供と一緒に部屋を片付けながら、電子書籍ならこんな面倒なことはしなくていいのに、と思いつつ、電子書籍ではきっと味わえない本の装丁の楽しさや紙媒体の温かみ、あるいは、幼い子供と一緒に本を開いたときの「宝物の時間」は得ることはできなかっただろう、と思う。そもそも、ここまで本が好きにはなっていなかっただろう。

とはいえ、いまの住宅事情を考えると、電子書籍の普及や便利さを痛感する。

夫も、この間、仕事で必要な専門書を買いにジュンク堂に足を運んだらしいが、以前はかなりの数があった必要な専門書がずいぶん減ったと嘆いていた。しかし彼もまた、多くの人が手に取らない専門書だからこそ、書店ではなくネットで買う人が増えているのだろうという現実を痛感したらしい。

本を読む人が減ってきた、というより、紙媒体の本を手にする人が減ってきているのだろう。

現代のライフスタイルを考えると、悲しいけれど仕方のないことなのかもしれない。

そんな話をしていて、このブログを立ち上げたきっかけを思い出した。

町の本屋さんを応援したい。

その気持ちが強かったからこそ、このブログを立ち上げたのだけれど、そのすぐあとに新型コロナの猛威に襲われ、三年目に入ったいまもまだ落ち着くことなく続いている。加えて、戦争まで起きてしまい、この先、ますます不安定な社会になっていくことは残念ながら間違いないと思う。

町の本屋さんには、1つでも多く生き残ってほしいと心の底から思う。

でも、現実を考えると、単純に「本を売るだけ」の書店の未来はないだろう。

「本を売る」と同時に、その周りにある「空間」と「時間」、そしてそれにまつわる「思い出」を提供できなければ、本屋さんに足を運ぶ人は減る一方かもしれない。以前からいろいろな業界で言われている「体験を売る」ということはこういうことなのだ、と、いまさらながら気づいた。

 

書店で本を買う、という行為に、どれだけ多くの人が娯楽性や癒しを見出しているのかわからない。けれど、近年は少子化の影響もあってか、幼い子供たちが本に触れる時間は私が子供の頃とは比べ物にならないほど増えているし、児童書のジャンルは、けっこう活動的なのではないかと感じている。

そうした時代に育ってきた子供たちは、本に対して、いまの大人が持っている感覚とはまた違う感覚を持っているかもしれない。そんな子供たちが、電子書籍だけでなく、紙の媒体としての「本」に愛情を持って育っていってほしいと、ひそかに願うこの頃である。

 

 

 

春にして君を離れ

最近、眠りにつく前にベッドに入って読書をする短い時間が、ささやかながら癒しの時間になっている。

 

先日、十数年ぶりにアガサ・クリスティを読了した。

そして、すごくすごく驚いた。ゾクゾクした。嬉しくなった。

 

タイトルは『春にして君を離れ

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デビット・スーシェ主演のドラマ『名探偵ポアロ』が大好きで、原作に最も近いといわれているあのドラマの世界観が好きで、もちろん、主演のデビット・スーシェ自身もポアロのイメージにぴったりで、どれをとってもあのドラマは本気でおもしろくて、できればDVD全集を手に入れたい、と思うほどなのだけれど、今回の『春にして君を離れ』は、ポアロシリーズでもなければ、クリスティが作り上げた有名な探偵が登場する作品ではない。

けれども、すごいのである。

何がすごいって、人間心理を、よくぞあそこまで深く掘り下げて追及し描いていることである。人の何気ない感情は、ときとして狂気をはらみ、意図せず独りして恐怖をかりたてる。それを見事に書ききっている。

主人公はどちらかといえば上流階級に属する専業主婦である。

彼女は、自分が理想とする形で結婚し、子供を育て、夫婦関係をいとなんできた。しかしあるとき、そうした日常の真実は実は違うところにあったのではないかと疑問に思い始める。

簡単に言ってしまえば、自分自身を見つめなおし、向き合い、現実を受け止める、という主婦の姿が描かれているのだけれど、その描き方がやはりミステリーの女王クリスティならではで、とりたてて事件が、ましてや殺人事件がおきるわけではないのだけれど、とにかくスリルがあって恐怖がどこかしこに潜んでいるのである。

ああいう書き方ができるなんて、やはり天才なのだと思う。

特に最後の最後の、あと数ページで終わるというところで、それまで主人公目線だった物語が、夫の目線で数ページだけ描かれるところがある。

それがまた素晴らしい構成で、あの数ページがあるからこそ、物語はいっそう立体的になって大きく膨らみ、活き活きとしてくる。

しかし、今回の作品は、主人公が中年の主婦であるところも、楽しめて読めた理由の1つであるかもしれない。

いろいろな部分で、感情移入して読んでしまうことが多かったのである。

同じ作品でも、年齢や立場が違って読むと、これほどまで心にしみただろうか、と首をかしげることが多いこのごろだが、小説の読み方も、以前の読み方とは大きく変わってきていると思う。

 

ところで、この作品、たまたま読んだ何冊かの雑誌に偶然にも同じような時期に取り上げられていて興味を覚えたのが読みだしたきっかけなのだけれど、この作品は、クリスティの名著のひとつだと強く思う。

 

これまでポアロ中心にクリスティ作品を読んでいたけれど、こうした名探偵がでないけれどおもしろい、という作品を探していく新たな楽しみができたことが少し嬉しかったりする。

 

 

暮らしの中の「投資」

年が明けて2022年。

年明けからなんだかいろいろと用事があって気が付けばすでに11日も経っている。

時が過ぎるのは早い。

 

今年も、どうぞよろしくお願いします。

 

さて、このところ「投資」について少し考えたりする。

といって、株だとかのお金にまつわる投資のことではない。

 

きっかけはこの本。

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松浦弥太郎著『僕が考える投資について』

 

松浦さんのエッセーはたくさん出ているから、読んだことがある方は多いかと思う。私もこれまでに何冊か読んでいて、それらに共通していることは「丁寧な生き方」みたいな「丁寧な暮らし方」みたいな、ことだった。読んでいて共感できる部分が多く、一時期はよく買っていた。

子供が生まれて、興味が育児だとか別の方向に向かってからは、書店で名前をみかけるくらいで手に取ることはなかったのだけれど、先日、雑誌を買うつもりで行った本屋に平積みされているのを見つけて、ついつい手に取ってみた。

タイトルからもわかるように、松浦さんが考える「投資」についてやわからい書き口で書かれている。

そこにはお金の使い方なんかも書かれているけれど、要は、将来の自分への投資としてのお金や時間の使い方、働き方、暮らし方、生き方、なんかがつづられている。

そして私も、いまの暮らし方やお金の使い方、時間の使い方、なんかについてあれこれと考えるようになった。

これまで、「投資」というものに興味はあったし、日々の生活が将来の自分への投資だ、という感覚は少ないけれどあるにはあった。けれど、このことについてじっくり考えてみることはなかった。

そもそも、じっくり考える、という行為そのものを、ここ数年、避けていたように思えてきた。

考えている気になっているだけで、実は深いところまで考えを掘り下げていくことがないから、いつも中途半端で終わっている、ということを改めて実感したりした。

考えるーーーということ。

簡単なようでいて、とても難しい。

考えている「ふり」をしているだけで、実はちゃんと考えていないことが本当に多い気がする。

でも、今回の本をきっかけに、興味あること、大切なこと、必要なこと、などを、とことん考える、ということはとても重要なことであり、それは言葉を変えれば、とことん向き合う、ということに思い当った。

いま、私は子育て真っ最中で、独身のときや、子供がいなかった頃には想像もしなかった出来事に直面したり、これまではわかった気になっていたことも、「育てる」という立場から改めてみると、全然わかっていないことに気づいたりすることも少なくない。

毎日が試行錯誤の連続で、そのときは、正しい、と思って進んだ道が見当はずれの方向だったりする。

子供とはいえ、相手は自分ではない別人格を持っているから、自分の思い通りに考えたり動かないことも多々あるわけで、イライラしたり怒ったりすることも日常だ。

けれど、たとえ相手が子供であっても、真剣に向き合う、ということはとても重要で、その姿勢は言葉にせずとも相手に伝わっていると思う。

昨年から、子育て関連で様々に対峙しなければいけないことがこれまで以上に増えてきて、これまで以上に親も日々勉強だ、と痛感する生活をしている。

そういう時期にこの本と出会ったからこそ、深く胸に入ってきたのかもしれない。

 

話を投資に戻すけれど、この「投資」ということを考えていて、ずっと迷っていたあるものの購入を見送ることをきっぱり決めた。

先日、マランツのCDレシーバーを購入したと書いたけれど、BOZEのCDプレーヤーが壊れるずっと前から、レコードプレイヤーがほしくてたまらなかった。

レコードの、あの柔らかい音色や、針のパリパリする音が、子供のころから好きだった。当時はほとんど聞かなかったけれど、中学生まで持っていたレコードプレイヤーを捨てなければよかった、といまさらながらに後悔したりするが、もう遅し。

それが数年前からまた欲しくなってきて、何度も買おうと迷いまくって、そのたびに気に入るものを探して、実はどれを購入するかも決まっている。

けれど、レコード一枚にしても、CDを買うより倍以上の値段がするし、プレーヤーも、どうせ買うなら自分が気に入って長く愛用できるものがいいと思い、とびきり高価ではないけれど、初心者でもある程度満足のできる音質をだしてくれるものをと思っている。

けれど、購入までに踏み切れないのは、やはりその値段と、それだけのお金をかけても、これが聞きたい、というアルバムがない、というのが大きな理由である。それでも、レコードが醸し出す音色はやはり捨てがたく、迷いに迷っていたのである。

でもこの本を読んで、いずれは買うことになるかもしれないけれど、いまの自分にとってはその時期ではない、とはっきり感じることができたので、今回の購入は見送ることに決めた。決めると、なんだかスッキリしてほっとしてもいる。

 

これからしばらくは、数年後の自分への「投資」という意識を持って、日々の暮らしと向き合っていきたいと、心新たに明日に向かっていきたい。

 

 

音楽が変わると部屋も変わる

気がつけば師走。

なんだか、あっという間の一年だったような気がする。

そしてもう一つ気がつけば、前回の更新から3カ月ほど経ってしまっていた。

書こうと思うことはあれこれあるのに、なかなか書き出そうという気になれず今日にいたり反省。

 

実は今日、書こうと思ったきっかけは、このブログを始めようと思ったきっかけでもある「生活のリズムを整えよう」みたいな心境にまた至ったからである。

 

今年に入り生活リズムがものすごーく変わり、これまで以上に子供中心の生活になっている。その新しい生活スタイルに変わってから1年近くが経とうというのに、よりよい方法を探しながら日々試行錯誤しているので、いまだに「これ!」という決まったスタイルにたどり着けず、毎日がドタバタでけっこう疲れ果てている。

それでも、1年近く続けていると、成功もあれば失敗もあり、その繰り返しの中に今日があるわけで、そうした振り返りの中で、何となく、輪郭もなくぼんやりしてはいるけれど、見つけたい「スタイル」的な何かが心の中に浮かんできて、それをとらえるためにも、これまでのもやもやした、悪い言い方をすれば「惰性的な生活」を改革したくて、このブログを書くことで生活のリズムをまた整えようと、気持ち的に立ち上がったのである。

 

さて、そんなわけで今日書き始めているのだけれど、愛用していたbozeのCDプレーヤーの調子が悪くなって、いよいよCDの読み込みがおかしくなってきた。おかしいだけではなく、CDを吐き出すことも難しくなってきた。ラジオはまだ聴けるし、音も変わりなくでるのだけれど、CDが聞けないのはいたい。というか、聞けなくてもいいけれど、入れたCDが出てこないのは大変困る!我が家にあるCDは廃番のものも多く、なくなってしまうのは嫌だ。

そんなわけで、新しいものを新調しようということになったのだけれど、最近のCDプレーヤーのラインナップの少なさに驚いたのとともに、音にこだわると、CDレシーバーとスピーカーを別々に購入しなければいけないことも判明。

もっとも、これは以前からこだわり派はそうだったのだけれど、それにしてもCDコンポの選択肢が少なすぎる。最近はCDを聞く人も減ったのだと少し悲しくなってきた。

 

少しとはいえ音へのこだわりは捨てきれず、とはいえ予算のこともある。しかもド素人の私は基本的な知識が全くない。ネットであれこれ調べながらさんざん迷った挙句、さらにはコロナの影響で店頭に行ってじっくり吟味することもできず不本意ながらネットだけで音を確認をしてようやく、思い切ってマランツのCDレシーバーとB&Wのスピーカーに決めた。

 

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bozeは低音は響くけれど、こもりがちだった音が苦手になってきていて、しかも夜などにボリュームを絞って音楽を聞こうとすると、よく聴こえないのが不満であった。

だから、小音量でもクリアな音にこだわって選んだ結果がこれであった。

 

実物の音は聞いたことがなかったので不安はあったけれど、聞いてびっくり。

すごくクリアな音が出て、しかもボリュームを絞ってもよく聴こえる。

我が家はジャズとクラッシックをよく聞くけれど、楽器の音がどれもはっきりと聞こえてきて、といって耳障りな嫌な感じはなくて惚れ惚れしてしまった。

スピーカーのおかげなのか、CDレシーバーのおかげなのか、はたまたそのダブルの効果なのかは素人なので全く分からないけれど、とにかく音がよくてほっとした。

しかも最近は、インターネットラジオなるものがあって、世界中の音楽が手軽に聞けるということも、今回初めて知った。

いまよく聞いているのは、スイスのラジオ局のもので、古き良き時代を彷彿させるジャズボーカルが流れている。

これまでは、fmラジオと手持ちのCDばかりの生活だったので、好みの音楽が、カフェやホテルのように自然になっているという環境に正直戸惑ったりした。

時代の流れから完全に取り残されているわが身に飽きれもしたけれど、コロナ以降、ずっとおこもり生活が続いている中での音楽環境の改善は、とっても嬉しいことである。

ちなみにbozeはラジオがまだ聴けるので、別の部屋でラジオだけ聞いている。

久しぶりに癒された

好きな女優の1人に、小林聡美さんがいる。

小林さんは、『やっぱり猫が好き』以来、ずっと気になる女優さんの1人なのだけれど、そのつながりで見たのかどうかは覚えていないが、『かもめ食堂』という映画がある。

フィンランドで、1人の日本人女性が「かもめ食堂」という食堂を開き日本食を出すのだけれど、その店の雰囲気や唐揚げやとんかつ、鮭の塩焼きなどの食事がおいしそうで、同時に作品全体に漂うゆったり、のんびりした空気感というか、世界観が好きなのである。

この作品のシリーズというか、同じテイストで『めがね』や『プール』、などいくつかの映画作品があって、同じテイストでいえばドラマもいくつかある。

その中で『すいか』というドラマがある。

2003年に放送されたようで、当時は視聴率は低かったらしいが、根強いファンが多く、DVDやブルーレイなんかも発売されている。

 

さて、今日、紹介したいのはその脚本を文庫化した本である。

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すいか

「ハピネス三茶」という食事つきの下宿屋に暮らす女性4人の日常を描いた作品だ。

ドラマでは、小林聡美ともさかりえ市川実日子浅丘ルリ子がその四人を演じている。

下宿屋の女性四人の話、とだけ書くと、なんともつまらなさそうな雰囲気はあるかもしれないけれど、それがどっこい、とても面白い、というか素晴らしい!

ストーリーを細かく伝えたいわけではないので、主要人物たちの職業だけを書いておくと、信用銀行のOLにエロ漫画作家、下宿屋の管理人に大学教授。

信用銀行のOLの同期(小泉今日子)が銀行の三億円を横領して逃亡するというくだりもあるけれど、そんな非日常的な物語の側で、悩み、迷いながらも一生懸命「生きている」人たちが見事に描かれている。

 

この作品の何が素晴らしいかといえば、何気ない言葉、である。

美しいわけでもなく、おしゃれなわけでもない、誰もが日常的に普通に使っている言葉や会話なのに、心に深くしみわたってきてグッとくる。

きっと、それらの言葉が、自分の心の奥底にある悩みだとか「もやもや」だとかに向き合うように語られ、そうした悩みだとか「もやもや」だとかがあっていいんだよ、と自分自身のいろんな「もやもや」を受け入れてもらえた安心感のようなものが心の中にこみあげてくるからだろうと思う。

登場人物たちのセリフは、劇中で登場人物たちだけに向けられているのではなく、観客(読み手)に直接向けられているような気になるから、心に響いたのかもしれない。

 

この作品を書いたのは、木皿泉さんである。

脚本だけでなく、小説やエッセーなんかも書かれているらしい。

和泉務さんと妻鹿年季子さんのご夫婦が共同で執筆されているそうである。

 

言葉というものは、こんなにも優しく、力強いのだと、改めて痛感した。

昨年から新型コロナを筆頭に、あれこれと心落ち着かない日常で、疲れ果てている今日この頃だけれど、この『すいか』を読んで、久しぶりに救われた気がしたし、久しぶりに癒しの時間に出会えた気がする。

 

 

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